沖縄県の藍型の一種。別名えーがた。
沖縄の代表的な多彩染め『紅型』に対し
藍一色で染めるためこう呼ばれています。
柄の傾向・型紙・型付けは紅型と同じ、
浸染めで染められています。
この項目の関連:
着物の用語-藍型/えーがた
着物の用語-紅型/びんがた
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着物の用語-藍/あい
着物のたたみ方-夜具だたみ/やぐだたみ
着物のたたみ方・夜着だたみ(別名:大名だたみ)
夜着だたみは大きくたたむので、しわがつきにくくなります。
着付け前や着物を準備しておく場合など、一時的な目的で用いられます。
留袖などに使いますが通常はあまり使いません。

着物を広げ、衿肩明きを左にします。

衿を内側に折り込み、脇の縫い目で右、左の順番でたたみます。

袖付けの縫い目で右袖、左袖の順に折ります。両袖が身頃の上にきます。
この時、紋や箔、刺繍がある場合は薄紙や和紙、紋紙などを当てて下さい。

裾を肩山にあわせ、半分に折りたたみます。
この時紋や箔、刺繍がある場合は後ろ身頃の柄にも薄紙や和紙を当ててください。

さらに丈を半分に折ります。
この時芯になるもの(芯棒など)を間にはさむと身頃のたたみしわが出来にくいです。
着物に汚れがつかないよう芯に印刷があるもの等は避けて下さい。

完成です。
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着物のたたみ方-袖だたみ/そでだたみ
着物のたたみ方-本だたみ/ほんだたみ
着物のたたみ方は色々ありますが
先ずベーシックな本だたみをご紹介します。

衿を左にし広げます。次に下前(右)の脇を縫い目できっちりと折ります。

下前の衽(おくみ)の縫い目を目安にして手前に折り返します。
衿は内側に折っておきます。

上前(左)衽(おくみ)を下前(右)の衽に重ねます。
上前(左)脇の縫い目を下前(右)脇の縫い目に重ねます。

背縫いで折った状態になります。
左右の袖をそれぞれ、袖付けの縫い目で外側、身頃に向かって折り返します。

丈を半分にします。

完成です。
丈はたとう紙や収納場所の広さなどに合わせ調節して下さい。
袖は左右両袖を重ねて折っても構いません。
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着物の種類と用途-夏物/なつもの

夏の着物は、着手にも見た目にも涼しく工夫されています。
夏に涼しく肌触りの良い麻や、絹・紬でも織り方を工夫し、夏用に作られた着物地があります。
絽(ろ)
夏の生地としてもっとも人気のある絽。留袖から、喪服、小紋、長襦袢等幅広く使われています。
平織りにすきまをつくった、もじり織りの一種です。
薄地で軽量、すきまが多く通気性が良い生地で、絽の目によって経絽(たてろ)と緯絽(よころ)があります。
紗(しゃ)
経糸と緯糸がシンプルに交差したもじり織りです。網の目のようです。
地模様を表現している紋紗(もんしゃ)、二重織りの風通紗(ふうつうしゃ)、節があり紬風の粋紗(きっしゃ)等があります。
羅(ら)
羅は、紗を複雑にしたもじり織りです。紗より目が荒い織物で、手編みのような感覚です。
着物地でなく、帯やコート時に使います。
上布(じょうふ)
上布は、新潟県の越後上布、石川県の能登上布、滋賀県の近江上布、沖縄県の宮古上布等があり、細い麻糸で織られた薄くて丈夫な上質の麻織物です。
縮(ちぢみ)
縮は、麻糸に強い撚(よ)りをかけて織物にし、その後湯もみをすると、シワのようなしぼが布表面にある織物を麻縮といいます。
新潟県の越後縮、小千谷縮、石川県の能登縮等があります。別名しじらともいわれます。
この項目の関連:
洗える夏 着物 女物
長襦袢 夏物
洗える着物男物夏物(駒絽や紗紬)
洗える男襦袢
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着物の種類と用途-浴衣/ゆかた

浴衣(ゆかた)は和服の一種で、平安時代の湯帷子(ゆかたびら)がその原型とされます。
湯帷子は、平安中期に成立した倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)によると、内衣布で沐浴するための衣とされます。
この時代、複数の人と入浴する機会があったため、汗取りと裸を隠す目的で使用されたものと思われます。素材は、水に強く水切れの良い麻が使われていたという説があります。
安土桃山時代頃から、湯上りに着て肌の水分を吸い取らせる目的でひろく用いられるようになり、
江戸時代に入って庶民の愛好する衣類の一種になったと言う事です。
「ゆかた」の名は「ゆかたびら」の略のようです。
浴衣は普通、木綿地の単物で、和服のなかでも最も簡便かつ単純な構造です。
(このため戦後のある時期まで家庭科の授業では浴衣を縫うことが多かった)
着用の場合には、素肌の上に直接着るか、和装用スリップ肌襦袢・Tシャツで、
生地が薄く、開放的で風通しがよいことから、夏場や湯上り、寝巻きとしての用途が主です。
男子は兵児帯・三尺帯、女子は半幅帯で着るのが古風ですが、明治以降兵児帯が登場しし、
兵児帯を用いることもあります。
浴衣に合わせる履物は、素足に下駄が一般的です。
浴衣は単品や下駄とセットで販売されますが、
下駄は好みのデザイン・鼻緒か、浴衣とのコィーデネートでもいいでしょう。
最近はビーチサンダルや洋服用のサンダルを合わせる人もいます。
元々略装の最たるものですから、浴衣で出かけられるのは気取らない場所にかぎり、この格好で人と会うのは失礼とされますが、現在は和装そのものが稀になってきており、こうした感覚をあまり感じない人も多いようです。
現代では浴衣は、主に花火・縁日・盆踊りなどの夏の行事に着ます。
温泉街では浴衣を着て下駄を履くのが雰囲気を出すのに重要として、浴衣着用を前提とした町づくりをしてあるところもあります。
浴衣は色鮮やかで、下駄も音が好まれるため、祭り、温泉とも華やかな雰囲気になるとして、浴衣・下駄着用を前提とした取り組み・企画は増えています。
またデパートや商業施設、観光関係やサービス業の従業員など夏の制服として着用する事も多くなりました。最近の女性用ではミニスカートのように裾が膝より高いタイプも出てきました。
最近では、温泉街や祭りなどを鮮やかにするため、みんなで気軽に浴衣を着てもらおうと、旅館で宿泊客に浴衣と下駄を貸し出したりプレゼントしたり、観光施設で浴衣を貸し出すところもあり、浴衣は温泉地の一種のリゾートウェアと言う役割もあります。
日本独特の使い方では、旅館やホテルに寝巻きの代わりとして客用の浴衣がよく用意してあります。 また、日本舞踊などのお稽古着として使用されることもあます。
浴衣は元々白地の木綿を藍で染抜くのが原則で、柄も大胆なものが多かったのですが、
近年では和服を着る唯一の機会が浴衣ということも多くなり、華やかな色合いと柄のものなど多様化しています。
また最近は浴衣本来の素材の木綿ではなく、ポリエステルなどを用いた単(ひとえ)の着物としての用途も増えています。
乞巧奠(きっこうてん)の慣習と織女祭に因み、日本ゆかた連合会により7月7日が浴衣の日となっています。
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着物の種類と用途-銘仙/めいせん

銘仙とは、先染めの平織りの絹織物です。銘仙の源流は、屑繭や玉繭からとった太い糸を緯(よこ)糸に用いた丈夫な縞織物(太織)で、秩父周辺の養蚕地帯の人々の自家用の着物でした。
それが明治時代の縞柄の流行に乗って関東で着られるようになり(「縞銘仙」)、大正期には絣模様を織り出した「絣銘仙」が流行し、伊勢崎、群馬県桐生、埼玉県秩父、栃木県足利、東京都八王子等北・西関東を中心に生産されるようになりました。
大正の中頃に「解し織/ほぐしおり」の技法発明され銘仙の生産が一新される事になります。
経糸を並べてずれないように仮織りし、模様を捺染し、仮織の緯糸を抜いて解しながら、再び緯糸を通して本織するこの技法によって、たくさんの色を用いた複雑な柄の着尺(きもの生地)を効率よく生産できるようになりました。
この頃から伝統的な天然染料に代わって染色効率が抜群によく色の彩度が高い人工染料が用いられるようになりました。
技術革新を背景に、大正末期?昭和初期のモダン文化の流行に乗り欧米の洋服地デザインの影響を受け大胆でハイカラ、色鮮やかな「模様銘仙」が大流行します。模様銘仙のデザインは、着物でありながら、ヨーロッパアートの潮流の影響を受け、大正期の模様銘仙には曲線的なアールヌーボー、昭和には直線的で幾何学的なアールデコ調が出現します。
昭和初期、銘仙全盛期の秩父では、デザインを東京の美術学校で洋画を専攻している学生に委嘱したり、来日したフランスのデザイナーと交流したり、ドイツから輸入した染料を使ったりしていたそうです。地元の職人さんも、そうした最新のモダンデザインを着尺に乗せることに職人的プライドを感じて、さまざまな技術的チャレンジを繰り返しました。
現在アンティーク着物として残る銘仙の色柄の中にまるで油絵を思わせるものやヨーロッパの同時代のデザインに比べても遜色のないものがあるのは、こうした新しい発想と努力の結果でした。
また、工場で大量生産される安価な銘仙の出現によって、それまでは木綿しか着られなかった庶民の女性までが絹の着物に袖を通すことができるようになりました。
こうして大正後期?昭和期初期に、銘仙は、東京を中心に中産階級の普段着、庶民のおしゃれ着、カフェの女給の仕事着として地位を確立しました。
銘仙は、戦後の、繊維製品の統制が解除された昭和20年代後半から30年代前半(1950?1960)にも、伊勢崎を中心に生産され、アメリカの洋服地を模倣した大柄で華やかなデザインのものが流行しましたが、その繁栄は短く、昭和32年(1957)にウール着尺が発明されてブームになると、その地位を取って替わられ、着物が普段着のではなくなった昭和40年代(1965?)以降はほとんど姿を消してしまいました。
今、アンティーク着物として私たちが手に取る銘仙は、ほとんど「模様銘仙」か「絣銘仙」で、
昭和初期の着物は70年前後、戦後の着物も約40年昔の着物ということになります。
初期のものほど緯糸の節が目立ち「ぶつぶつした感じ/ネップと言います」、時代経過とともに次第に糸の節が目立たず滑らかなものが多くなります。昭和の大量生産品は滑らかで光沢のあるものがほとんどですが、緯糸に人絹を用いた水に弱く強度不足(張力に弱い)の粗悪品も数多く出回ったので注意が必要です。
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着物の種類と用途-洗える着物/あらえるきもの

最近はポリエステル等化学繊維の技術が進み、肌触りも絹の着物に近く着物の生地としても多く用いられるようになり、ニュー着物ともよばれます。
元々着物や帯の多くは絹でできているため扱いやお手入れから敬遠される方も多いのですが、
洗える着物や帯の登場で扱いは簡単になり、家庭の洗濯機で着物が丸洗いができたり、雨の日も心配なく着れることから若い方はもちろんのこと、年配のファンも多いようです。
価格も安価で、大いに着物を楽しむことができます。
夏物も汗に強く、色落ちも絹の着物より起きにくく、後で洗濯でき、お勧めです。
また、通常、洗える着物は撥水(水をはじく)・撥油(油をはじく)・帯電防止(静電気を帯びにくくする)加工を、洗える長襦袢は帯電防止(静電気を帯びにくくする)加工をしているので気心地も良くなってきています。
(長襦袢は撥水・撥油加工せずに蒸れにくく仕上げます)
長襦袢も正装以外は化繊がお値段、お手入れからもおすすめで、最近では洗練された柄のものも多く販売されています。
着付け用、雨の日用として用意する、着物をたくさんほしい、絹では買えないような着物を選べるなど洗える着物はメリットがたくさんあります。
洗える着物のお手入れは、ポリエステル等は化繊ですので熱に弱いので、
タバコの火・不必要な折しわ等に気をつけ、アイロンをする場合は中温(場合によれば低温)で必ず当て布をし、細心の注意をはらって下さい。
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洗える着物 男物
洗える着物 女物
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